トップ > エピソー ドミュージアム > きみわたサイドストーリー プロローグ裕彦Ver


プロローグ

  夢は長生きする事、などという奴はあまり同年代ではいない。

 長引く不況に就職率の低さ、街並みの冷え切り方を見れば未来に希望を持てないという、借りてきたような言葉もわからないでもない。だが、俺はそれでも長 く生きて世の中がどのように変わっていくのか自分の限界が来るまで見届けたい。

 自分の知らない何かが押し寄せてくる感覚はわくわくする。雑な言い方をすれば何もしなくても世の中はつねに移り変わっていくものだ。その流れる時の前に 立ち、両手を一杯に広げ全身に起こり来る何かを受け止める。
 そんな自分の姿をよく想像する。そしてその時の俺は楽しくてしょうがない顔をしているのだ。裕彦_きみわた
 
 それでもさすがに2年生になって剣道部が俺一人、なんて状況 が起こるとは思いもしなかったが。
 俺の名は稲田裕彦(いなたやすひこ)この私立高校の2年生にして、たった一人の剣道部員、兼主将だ。

 ことの起こりなど単純なものだ。3年引退後の先輩達の不祥事、顧問が責任をとらされて停職、それに嫌気がさした部 員達が少しづつ辞めていき、もともと少ない部員数だった事もあり、ついには俺一人になってしまったのだ。
 一部の部員は籍だけは残してくれたので、かろうじて廃部はまぬがれているがこのままでは時間の問題だ。去年から続くごたごたの後始末でろくに部員集めも 出来ず、剣道部が存在している事すら知らない生徒も多いと聞く。
 「さすがにまずいね、これは」
 歴史ある剣道部を自分の代で廃部にするわけにはいかない。それなのにこの状況をいつものように楽しんでいる自分がいるのを感じてしまう。
―ほらな、長生きしてると思わぬ事が起きるだろう?―
 俺は誰に言うわけでもなくつぶやいた。

 昼稽古を終えた俺は妹のなつみに頼まれていた用事をすます為、1年生の教室にやってきた。案の定、楽しげな祐花の会話に捕まってしまった。
 「それでね、お兄さん」
 「かなわないなぁ祐花ちゃんには」
 宇佐美祐花(うさみゆか)今年入学したばかりの後輩だ。昔から知っている子だが明るくて花があり、打てば響き、場を盛り上げてくれる。なつみが気 に入っているのもよくわかる。これでいまだに彼氏がいないというのだから不思議だ。
 まぁどうやらその座を狙っているらしい男にさっきから睨まれているのだが・・・・・・

ジィー
―お前、誰だよ、俺の祐花になれなれしくするな―

 まるで声が聞こえてくるかのようなわかりやすい睨みつけ方だ。祐花の猛烈な会話攻勢を楽しみながら、隣に居座る一癖ありそうな下級生が気になっていた。
 祐花からの紹介はまだ無い。俺が気になっている事に気付いていて、ときおり目配せしてくる。祐花はこうやって焦らす癖がある。将来、手玉に取られる男が 多いんじゃないかと心配になる。
みつる_きみわた

 「そろそろ話してくれてもいいんじゃないかな」
 「気になります?」
 「言いたそうにしてるのは祐花ちゃんだろうに」
 祐花はいじわるく笑って
 「ふふっ、まぁそれよりどうです? 彼、剣道部に」
 「え、・・・・・・」
 下級生は面くらったような声を出した。会話に参加させてもらえず、すねていたのにいきなりのご指名だ。
この様子ではまったくの初耳らしい。だが俺もからかいがいのあるその下級生にいたずら心が生まれてしまった。

 「へぇ君、剣道部に興味があるのか?」

 何かおもしろそうな反応を期待して追い込んでしまった。あきらかに挙動がおかしくなる。やれやれ俺もまだ先輩の自覚が足りないな。さて、1年をいじめる 気はないのだが祐花はどういうつもりなのか。

 ふと横顔を見ると、満面の笑みで返してきた。俺も手玉に取られているのかな。

 祐花は何かを下級生に耳打ちしたようだった。みるみると顔色が変わり、立上がり、これまでで一番の顔で俺を睨みつける。
 「ええ、ありますよ・・・・・・」
 などと言ってきた。どうやら何かを焚きつけられたようだ。
 俺に関する事だというのはわかるけど、あきらかに敵意を向けている。
 後で聞いた話だがこの下級生は俺を大人だと認識したらしい。彼にとって大人とは特別な何かをもっている者らしく、俺は光栄にもそれに選ばれたそうだ。
 何をもって大人なのかは知らないが俺はまだ高校2年生だ。この前も顔がふけていると言われて普通にショックを受けている。

 ただ祐花が薦める理由もわかるような気がした。
 成長を見届けてみたいというか、ほっとけないというか、確かに剣道部に入れてみたい。
 悪く言えばガキ、良くいえば素直でわかりやすい。

―確かに逸材かもな―

 俺を大人だというこの下級生、河田みつるの入部によって、確かに何かが変わる気がした。
なんだか面白くなりそうだ。俺はまた何かが押し寄せてくる感覚に身震いした。

第1章(1)へ続く

※みつるVerのプロローグはきみわた公式ガイドに収められています。


エピソード選択に戻る