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きみわたサイドストーリー~Boys, be ambitious~ 前編

プロローグ

  小学生の頃から宇佐美祐花はとにかく人気だった。

 彼女の周りにはつねに人が集まり、笑いが絶えなかった。こういうのも才能だと思う。俺はそんな大勢の中の一人だった。
 そんな俺が祐花と対等になれる瞬間があった。学校の下校時、彼女は相変わらずみんなの中心にいた。
 1人へり、2人へり、3人へり・・・
 最後、俺と祐花だけになる。別れるまでの数百メートル、この時だけは俺は祐花を独り占めする事が出来た。
 彼女は大勢の中の誰かではない、俺に話しかけてくれる。たわいない会話のやりとりだったが胸が高鳴った。

 これが恋心だったのか今となってはわからない。卒業するまでに俺は倉吉に引っ越してしまった。引っ越したといってもとなり街、一生会えない距離というわ けでもなかったが当時の俺にとっては本当に遠く感じた。
 いちいち手紙のやりとりをするほどマメではなく、たまに祖父の家に行った時にかつての友人達と遊ぶ程度。祐花の事は二、三回見かけたか。祖父が亡くなれ ば湯梨浜町、当時は羽合町だったが行く事はほとんど無くなり、倉吉の生活が当たり前になっていった。

 『アクションスターに俺はなる!』 河田みつる

 卒業文集にそんな事を書けるのは小学生までだ。俺だってそこまで本気じゃなかった。でも少しくらい笑ってくれても良いと思う。
 結局、スターになれる人間は限られた人間だけなんだと思い知らされた中学時代だった。
 学校の人気者を目指した三年間で付いたあだ名は「中学一のバカ」ひねりも何もあったもんじゃない・・・なんだこれ。
 さすがにへこんだ俺は高校ではおとなしくすると決めていた。もともと柄ではなかったのだ。
 そんな時だ、進学した高校の同じクラスであの宇佐美祐花と再会したのは。

 一目見てわかった。前よりもさらに輝いている彼女を見て、やはりスターはなるものではなく、なっているものだと思った。祐花_きみわた
 話しかけたかったがきっかけが見つからなかった。だいたい他の男子だって宇佐美に限らず女子に話しかけようとしてぎらぎらしているんだ。最初から前に出 るのはある意味、命に関わる。
 そうこうしているうちに俺はタイミングを失ってしまった。うまい奴は女子に取り入るし、駄目な奴はそういう匂いの奴とグループを形成する。俺は見事にそ ういう位置にはまってしまった。
 そして結局の所、最初に声をかけてきたのは宇佐美だったのだ。

 「みつる君って前に湯梨浜の学校にいた?」
 この時も午後の昼下がりだった。めずらしく一人でぼーっとしていた俺は不意を付かれた。
 「あ、ああいたよ」
 なんとかその一言をひねり出すだけで精一杯だった。
 「あ、やっぱり。覚えてない? 同じ学校だった宇佐美祐花だけど」
 「ああそういえば・・・」
 我ながらに白々しい。
 それでもこのきっかけは助かった。当時の思い出話をネタに話が出来る。他の連中に差を付けられるんだ。
 「まぁよろしく」
 そう言って女の子グループの中に行ってしまった。宇佐美自身、席に戻るついでに確認してみた程度だったのだ。
 そんなものだ・・・顔を知ってたから話かけただけ。
 小学生の時を思い出す、今よりも近い距離にいたはずなのに俺と祐花の距離は今と同じように遠く感じた。二人きりの時、俺は祐花と何を話していたのだろ う。

 ずかずかと祐花の前に歩み寄る俺。祐花はもちろん、一緒にいた女子達も、他の周りの連中も俺を見てるように感じた。

 「おい、祐花」
 「・・・何?」
 
 「俺の恋人になってくれ!」

 俺が中学一のバカから高校一のバカにランクアップした瞬間であった。
 剣道部の話はどうなったかって? それはこの状況をなんとかしてからの話だよ・・・若さゆえの過ちってこういう事を言うんだろうね。
 
 でもこの時の俺は止まれなかったんだ。祐花への恋心をはっきりと自覚していたのだから。

後篇へ続く


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