トップ > エピソー
ドミュージアム > きみわたサイドストーリー 後篇
昼休み、ぼんやりとした頭で制服のネクタイをいじる。 入学して驚いたのはこの学校のネクタイは結ぶわけでなく、金具でシャツにひっかけるようになっていた事だ。 そりゃあネクタイの結び方なんてよくわからないし、楽で良い気もするけど、また大人になれる機会を失ったような、さみしい思いをしたものだ。ネクタイ一つで大げさかもしれないけど。 「お前、すげぇ! すげぇよ!」 うなだれている俺を前にやたらと騒がしい。あまり教室にいたくないので逃げようとしていたのに捕まってこうして質問攻めにあっている。 中原国広(なかはらくにひろ)、例の同じ匂いグループの一人だ。何かにつけて感情表現が大げさだ。 「なんにもすごくない。俺は結局、中学と変わらずバカのままだ」 「目立つのは悪いことじゃないぞ。つまらない高校生活を送るよりはずっといい。俺はだんぜんお前についていくね」 勝手に来られても困るのだが。 このグループにはもう一人、メンバーがいるのだがそいつは遅刻早退欠席の多い奴で今から卒業できるのか心配な奴だ。どうやら自宅でオンラインゲームにはまっているらしい。そいつの言い分ではちゃんと出席日数は計算しているそうだが。 「今日も休みかよあいつ。そのうち呼び出し食らうぞ」 「学校は楽しいがゲームはもっと楽しい! だっけ? いい度胸してるよ。俺はいい仲間に会えた」 「俺は正直しくじった思いでいっぱいだよ」 めったに会えない珍獣みたいな扱いのあいつの話で盛り上がるのが俺達のいつもの会話の流れだ。このまま話を変えてしまおうと思っていたが国広は目ざとく話を元に戻そうとする。 「そんな事より、あの時の事、もう少し詳しく教えろよ!」 何でも必要以上に話しかけてくる国広の性格は時に助かる場合もあるがこういう時はうっとおしい。 「だから俺はフられたんだよ、一応」 「一応?」 いぶかしげな顔をする。そう俺は一応、フられた。あの宇佐美祐花に。 でもあの日、確かに言ったんだ、俺に向かって「ありがとう」って、 「でも、ごめん」 すぐに否定されたけど。 「なぜ!」 「なぜって、ちょっとこっち来て」 みんなの注目を浴びながら廊下に連れ出される。そして人気の無い階段下までわざわざ連れていかれた。 振り向き、俺の顔をじっと見つめる。その時、祐花は怒っているような顔だったのだが俺は祐花の目に釘付けだった。 「みつる君、ああいう事をクラスの中で言う?」 「あ、ごめん、なんか気分が高ぶっちゃってさ」 真っ赤になっている祐花を見て、我にかえる。周りの事など頭から消えてしまっていたがよく考えるととんでも無い事をしたような気もする。 「あたしも告白とかされた事あるけど、あんな大勢の前で言われたのは初めてよ」 「え、祐花って誰かと付き合ってるのか?」 あせる俺。 「無いわよ! そうじゃなくて、なんというか何で?」 「俺、昔から祐花が好きだったんだって今、思い出した」 祐花の顔がみるみる疑わしい顔になる。そして大きくため息をついた。俺、何かおかしなことを言ったか? 「・・・・・・ごめん、私もみつる君と幼馴染だった事、今日思い出したけど、そういう気持ちは起きなかったよ」 頭を殴られたような感覚。とたんに好きという言葉に後押しされた妙な自信が音をたてて崩れ去った。 「だってありがとうって言っただろ!」 「いきなりすぎてそれ以外、浮かばなかったのよ!」 信じられないほどの恥ずかしさが身体をかけめぐる。絶望とはこういう事をいうのだろうか。 俺のそんな気持ちはどうやら祐花にもはっきりわかったらしく、あーとかうーと言ってるが俺には何も届かない。しばらくの静寂の後、祐花が沈黙をやぶった。 「えっと・・・・・・まぁ何て言うか悪い気はしなかったよ、それに付き合ってくれかぁ・・・いいね、気持ちがまっすぐでちょっとうらやましい」 そう言って笑った。そう、俺は昔からこの笑顔が好きだったんだ。みんなに希望を与えてくれるかわいい顔。俺は一瞬で元気を取り戻した。 「じゃあ!」 「いや、何がじゃあなの・・・月並みだけど友達からでいいんじゃない。私みつるくんの事、ずいぶん忘れてるみたいだし」 「友達・・・・・・」 「段階踏むって大事だと思うよ、私」 なんというか年上にさとされる子供のような・・・・・・そう俺はガキだ。相手の事を考えず自分の言葉を投げつけるだけのガキ。 だから祐花にも俺の言葉は届かないし、説得力もない。こうなるのも当然の結果だ。 教室には別々に戻る事にした。二人揃って入室すれば噂が妙な方向に飛び火しそうだからと言われれば納得するしかない。 「みんなの前で恥かかせたのは悪かったよ、だけど気持ちは本当だぞ。小学生の頃、一緒に帰ったりしただろ」 今は何を言っても白々しいだろうがそれだけは言っておいた。 「まぁいいよ、あらためてよろしくね、みつる君」 やはり祐花の笑顔は素敵だった。 「なんだ壮絶に散ったわけじゃないんだ」 国広はつまらなさそうに背もたれに身体を投げ出した。こいつやっぱり状況を楽しんでるだけかよ。 「まぁ今の所、クラスで一番アツいのはお前だよ、応援するぜ。で、次はどうする?」 「さて・・・・・・ね」 この時の俺は明確なビジョンがあったわけではなかった。だがあの男に会った事ですべては一変する。 手っ取り早く自分の底上げをはかるには越えるべき相手が必要だ。それが祐花に関わる事ならなおさらだ。 そう、稲田裕彦。あの男に勝つ事が祐花にふさわしい男になる一歩になる。俺はそのように納得した。 剣道なんて何の知識も経験も無いが奴が大人だというなら、そのすべてを知る為に懐に飛び込まなければならない。学年が違うなら同じ部活にでも入らなければ顔を合わせる事もほとんど無かっただろう。 「知ってるだろうけど部員って今、俺しかいないんだよ」 「あの、それ初耳っすよ・・・・・・」 「そうなのか? まぁ気兼ねせずのびのびやってくれよ」 初日の部活、広々とした道場を先輩に案内されて、俺は改めて自分に問う事になる。本当にこの男に付いて行ってよかったのか。歯を見せてさわやかに笑うこの先輩を前にして初日から俺は大きな悩みを抱える事になったわけだ。 面白い先輩だな、倒すのは最後にしてやる。 アーノルドの映画的に言うならすぐにでも辞めたいって意味だけどな。 |
|